明けの明星

夜も明けきらない街角に立つ男と鉄馬。
二週間ぶりに目覚めるエンジンは、ややだるそうに咆哮を上げた。
角を二つ曲がって、誰も居ない交差点に出る。
その中で命を持っているのはオレとバイクと、夜明けから逃避する蝙蝠のみ。
もう六月に入ったというのにひどく寒い、
凍て付く大気が体温を奪い去っていく。
だから更にアクセルを開け、出せるだけの速度で疾走する。
全ての感覚を走るために使い、寒さを感じる事をそれで忘れる。
もう空は明るむ時間だが、奥羽山脈に阻まれた光は見えない。
日中に走るそれよりも格段に早く尾花沢に到達し、
鍋越峠を越えるべく東に進路を変える。
―鍋越峠―
ここに来るのは少し早すぎたようだ。
尋常では無い濃さの霧に包まれ、前も後ろも目覚めの気配も見えない。
暗い暗い夜の世界が喰らい付いて来る。
叫びたくなるような恐怖が纏わり付く。
朝の峠は神秘的だと誰かが言った。
「確かにそれはそうだ、しかしそれは違う。それだけじゃない。」
と静かな恐怖をから守ってくれる唯一のヘルメットの中で思った。
数多くの山と共に暮らしている山形人には解る事もあるのだ。
多少の後悔を引き摺りながら、その峠を越えた。
立ちはだかる難関を越えたライダーに祝福の光が降り注ぐ。
家々にも一つまた一つと灯りがともされ、街が目覚め始める。
ヘルメットのシールドに付いていた水滴は、恐怖と共に拭い去る。



いま、夜が明けた。


【現実編】へと続く