同じ顔で同じ顔をすれば、同じものになれるのか

彼女がポットへ向かって歩くのを見送った後、
僕は目の前に確かに存在している竹輪の天婦羅と蓮根の煮物を眺めた。
しかしどうして僕は竹輪と蓮根がこんなにも好きなのだろう。
お互いに共通していることといえば、『穴』が空いていることくらいだろうか。
そう考えると、実は僕が好きなのでは竹輪でも蓮根でも無く、
『穴』が好きなのではないか。
少し前に見たお昼の番組の出演者が、蓮根は『穴』を食べるものなんだ、と話していた。
上手いこと美味いことを言う、そう呟きながら一人笑いをかみ殺す僕。
いや、別に可笑しいことじゃない、第一『穴』が嫌いな青少年が
この世界に存在するものか、今度は先程よりも堪えるのに苦労した。
湯飲みを持ってきた彼女が、僕と竹輪と蓮根を代わる代わる怪訝そうに
見つめながら椅子を引いて座る。
「随分安っぽい定職屋ね。好きな食べ物を好きなだけ選べるのは素敵だけど」
やや手荒に置かれた湯飲みの中身が、少し零れた。
僕はその湯飲みだけを見ながら言った。
「どうしても君に言わなくちゃいけないことがあるんだ。それも、なるべく早く」
彼女は随分とお皿の配置に悩んだ挙句、ポテトサラダを前面に置いた。
「このポテトサラダを食べ終わるまで待てないこと?」
彼女は食べ方のバランスが悪い。
一番手前のポテトサラダを片付けてから、次の塩じゃけに手を付けるだろう。
「いや、そこまでなら待てると思う」
「じゃあ、このしゃけまでは?」
「それだとちょっと遅い」
怪訝そうに僕をちらちらと眺めながら、彼女はポテトサラダを半分まで食べた。
僕は竹輪の天婦羅に醤油をかけようかどうか考え、結局かけなかった。
「やっぱり今すぐに言った方がいいと思う。君のためにも」
「あなたはいつも自分の話が重要だ、と思わせたいのね」
ポテトサラダが盛られていただろう皿をお盆の横に置き、
彼女は左手で湯飲みを持った。
「実際にそれは重要なことなんだ。それに、それを知らないと君は
大変な目に会うよ。間違いなく近いうちにね。
確かにそれは存在しているんだ。僕と君の間に
さっきの3倍ほど不機嫌そうな眉間をこちらに向ける彼女。
「今度は脅そうっていうのかしら。どうしてもだの、早くだの、
今すぐだの、君のためだの―借金取りだってもう少しまともな言い方をするわ」
湯飲みを小刻みに揺らす彼女、そういや左利きだったっけ。
「どうしても僕の話を聞いてくれないと君は言うんだね。
わかった…じゃあせめて君の悲しみを半分だけ受け止めてあげるよ」
お気に入りの上着を脱ぎ、畳んで横の座席に置いた。
メガネの弦に手をやり、ズレを直す僕。
「恩を着せる気?一体何が何なのか分からないわ全く」
そう言って彼女は湯のみを呷った。
店内の有線放送が今週のヒット・シングルのイントロを流している。
歌い出しがまだ聞こえてこないところから考えて、
それは大して長い時間ではないようだった。
彼女はむせ返り、嗚咽をはじめた。涙さえも流している。
滅多に泣かない彼女の涙を見たのは、
大事に育てていたピカチュウLv47に
勝手にかみなりの石を使ってしまったとき以来ではないか。
「…あなたの優しいところは知っていたのよ。
でも、それを認めようと出来なかった私が悔しい」
僕は彼女の持っていた湯飲みを引き寄せ、メガネを外し、
後ろで心配そうに見ている店員のお姉さんにこう言った。
言う必要があったかどうかわからなかったが、
僕と彼女と、ここに確かに介在するものに言い聞かせるために。
「すいませんが、僕に何か拭く物を。
そして彼女に、天つゆでは無い、本物のほうじ茶を頂けませんか」