議論の余地も無い その1

随分と渋いアイスティーに顔をしかめていると、
約束の時間から10分遅れて10年ぶりのNが現われた。
ウェイトレスのお姉さんに珈琲を注文し、Nはスーツの上着を脱ぐ。
「まさか俺達の間から公務員になる奴がいるなんてねぇ」
お手拭で額の汗を拭うNを見ながらオレは言った。
とは言え、友人の間ではもっぱら
『バイクが好き過ぎてバイク屋を始めるように、
奴はロリコン過ぎて小学校教師になった』
と噂されているわけではあるのだが。
「なーに、確かに俺達は馬鹿ばっかだったが、馬鹿なりにオレも将来を考えたのさ。
こんなど田舎じゃ公務員くらいしか生き残れないしな。
別に小さな女の子が好きだとかそんなんじゃないぜ?
小さな女の子が好きだとかそんなんじゃないぜ?」
「どうして2回言う必要があるのかな?あるのかな?」
珈琲に入れられんとする3本目のスティック砂糖を見ながらオレは尋ねる。
こいつは喫茶店で飽和水溶液の実験でもするつもりか。
「大事な事なので2回言いました」
なんかザリザリ言ってるよ、そのかき回すスプーン。
「それで、教師の仕事ってどうよ? オレならば絶対にやりたくない仕事
南東北版ベスト3ランキング(オレ100人に聞きました)で、
1位・営業マン 2位・外食産業、そして第3位として小学校教師が堂々のランクイン
なんだけどな」
今度からこいつと会うときは蕎麦屋にしよう、
と考えさせられるほど大きい音で珈琲を啜りながら、Nは呻いた。
「ここ山形じゃあロクな会社が無い、ってのはお互い認識してるよな?
別にオレは『歴史に名を残すようなことがしたい!』とか
『人の為に役立つことがしたい!』とかいう崇高な魂は一切持っていない。
と、言うより少しでもサボりたい。あんまり働きたくない。
ところが、山形の会社じゃ年間休日数が90日以下とかがザラだ。
まして、有給も無い、給料も安い、ふざけるなってんだ。
オレは!働きたくないんだ!家で寝ていたいんだ!」
「それじゃ答えになってないべ。確かに公務員は休みが多いと聞くが、
よりによって小学校の教師にどうして?」
「…春休みと夏休み、そして冬休みを入れれば
年間休日数が150日を越えると思っていたんだ」
さぞかし悔しそうにNが言った。
「ま、まさか。夏休みは教師も休めると思ってたのか…」