議論の余地もない その2

「いや、生徒が休みでも教師は仕事があるんじゃないかってのは、
薄々ではあるが気付いていた」
飽和状態の珈琲をターボでかき混ぜながらNは言った。
「若干は絶望したが、楽して食って行くのは難しいと認知できた点において、
オレは案外成長できたと思っている」
「なんか話の内容が、だんだんおかしくなった気がしないでもないけど、
旧友のよしみで最後まで聞いてあげるよ」
「ありがとうマイブラザー。実際には兄弟でもなんでも無いけど、
親愛の情を込めてそう言わせて欲しい。
…とは言え、クラス中の男子生徒が全員ブラザーになってしまった例を
オレは知っている。あれは何か?穴ブラザーとでも言うんだろうか?
いやいや、そんなことはどうでもいいのだ。
コンビニで買ってきた蟹玉に載っているグリーンピースくらいどうでもいい。
天津飯に載ってるウズラの卵くらいどうでもいい。
あ、そういやお前はウズラ大好きだったな。
学校給食のエビチリに入っているアレを集めまくって食った挙句、
次の日に腹痛で休んだのを覚えているぞ」
ティースプーンでオレを指差して笑いながらNはそう言った。
「ウズラの卵は高貴な食べ物だよ。アレを奥歯で割った後、
下で黄身を舐め取るのが素晴らしく美味い。
いや、そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいい。
ファミレスの『あつあつ蟹クリームコロッケ』に付いている
蟹のハサミ部分くらいどうでもいい。
実際は食えないだろうあの部分は。
…って、そんなことより話を先に進めろ」
「そう、そこなんだよ。グリーンピースやらウズラ、蟹のハサミの部分は
大して必要の無いもの―有っても無くてもいいってことなんだ。
つまり、特別じゃないってことだな。
お前、自分は社会にとって無くてはならない存在だ、
自分は特別な選ばれた人間だ、とか一度でも思ったことあるよな?
いや、いいんだ。隠さなくていい。誰でも通る道だ。
『歴史に名を残すようなことがしたい!』
『人の為に役立つことがしたい!』
これらの感情の生まれる原因はそこだからな。
自分は選ばれた人間だから歴史に名を残すようなことがしたい!とかな。
いやはや、疲れるよ。こんな考え方は本当に疲れる。
そして、これが誰にでも出来ることじゃないと気付き、諦めた奴は大人になる。
つまりオレは大人だ。ん?お前も大人か?
そう、教師は大変だ。
何たって、諦めていない者、そう、大人じゃない者を大量に相手しなくてはならない。
ああああいつ等は鬱陶しいぞ。
いつも希望に目を輝かせ、夢ばかり見ている。
そして未だに、自分は選ばれた存在だ!特別な人間なんだ!
と幻想を信じて疑わない。
夢なんて夢のままだよ!希望なんてねぇよ!と黒板の前で叫んでやりたいが、
そんなことをしたって無駄だろう。
あいつらは『自分を信じて疑わない!』
おお恐ろしい!恐ろしい!ロシアの殺し屋おそロシア
ところがオレは違う。
昔から希望や夢なんて抱いていなかった。
なぜ小学校教師になったかって?
それはだ、子供の頃に出会う大人と言えば、親以外では教師だろう。
ボクは学者さんになるの、ワタシはアイドルになるの、とか夢見ているとき、
オレは、朝から夕方まで黒板に何か書いて喋って暮らせるなら先生でいいや、
と感じていたんだ。
まさかこんなに大変な職業だったとは思いもしなかったが。
だけどな、こうも思うんだよ。
小さい頃から現実を見据え、早くから大人になる道を歩んだオレは
きっと『選ばれた特別な人間なんじゃないか』って」
だ、駄目だこいつ。